アライズの歩み

History 1916-2027
地域が変わるたびに、私たちも進化してきた。
110年の歩みは、
地域の課題に向き合い、
その時代に求められる役割へと
自らを進化させ続けてきた
歴史そのものです。
1916-1956
創業
西引御堂町に創業する
地域を支えるという使命は、
ここから始まった。
地域の暮らしに欠かせない「水」を届けること。
それが、私たちの最初の仕事でした。
井戸を掘り、「人々の暮らしを支える。」
この想いは、110年を経た今も変わることなく受け継がれています。
1916年、西引御堂町(現・広島市中区十日市)で創業した私たちは、地域に必要とされる仕事を愚直に積み重ねてきました。戦後は、広島の復興を支えるため井戸掘削やポンプ設置に尽力し、人々の暮らしに寄り添いながら信頼を築いていきます。創業者が大切にしたのは、技術そのものではなく、「地域の役に立つこと」という姿勢でした。その想いは、時代とともに仕事の形が変わった今も、私たちの判断の原点として受け継がれています。
アライズの歩み
1916年1月

創業当時の「荒谷ポンプ」店。屋号が右から書かれている。

広島市内にかつて設置されていた荒谷ポンプ。(写真は昭和61年)
1945年8月

原爆により壊滅的打撃を受ける。壊滅状態の広島市。
1945年9月

戦後、直ちにバラックを建設し、営業再開した。
1940〜1950年

ポンプ店前の荒谷誠一。昭和20年代は写真のように機材をリヤカーに積んで現場に向かった。

錦帯橋橋脚地質調査。
1st Innovation
戦後復興とともに、ボーリング技術は地質調査へ。
国土を支える、新たな役割が始まりました。
1957-1964
転換
ボーリング工業所時代
水を届ける技術は、
社会を支える技術になった。
荒廃した国土の再建が進むなか、
ポンプの設置で培ったボーリング技術は、
さまざまな地質を調べる技術へと広がっていきました。
水を得るために大地を掘る仕事から、
安全なまちづくりのために大地を知る仕事へ。
1957年、荒谷ボーリング工業所を設立。
私たちは、地質調査という新たな領域へ歩みを進めました。
戦後復興によって道路や橋、ダムなどの社会基盤整備が本格化し、安全なまちづくりには地盤を正しく把握する技術が求められるようになりました。当社は1957年に「荒谷ボーリング工業所」を設立し、井戸掘削で培ったボーリング技術を生かして地質調査へと事業を拡大。技術者を迎え、新たな知見を積み重ねながら、地下水を得るための技術を、社会インフラを支える技術へと発展させていきました。この転換は、後の建設コンサルタント事業へとつながる、大きな一歩となりました。
アライズの歩み
1957年4月

荒谷ボーリング工業所設立。資本金1,500千円。写真は設立当時資料 取締役会議事録。

初期の機械ボーリングの様子。
1955〜1964年

昭和30年代に使用したレベル。
1955〜1964年

昭和30年代に使用したトランシット

試験室開設頃の天びん。化学実験の如く一つ一つに分銅で計った。
1963年10月

松江出張所が松江市片原町74番に開設。長屋風の建物で昭和53年2月まで過ごした。
1964年8月

今治出張所(のちに営業所、昭和52年3月31日閉鎖)が今治市鯉池町1-4-12に開設。
2nd Innovation
技術を広げ、役割を広げる。
総合建設コンサルタントへの進化が始まりました。
1965-1974
高度成長
営業基盤の確立と伸展
社会を支える会社の礎は、
この時代に築かれた。
高度経済成長とともに、
社会インフラへの期待は大きく広がりました。
地質調査から建設コンサルタントへ。
技術、組織、営業基盤を広げながら、
社会を支える会社の礎を築いていきました。
高度経済成長を背景に、道路や橋、ダムなどの社会基盤整備が全国で加速し、建設コンサルタントに求められる役割も大きく広がりました。当社は1964年に社名を「荒谷建設コンサルタント」へ変更し、地質調査を軸に、測量や設計、環境調査などへ事業領域を拡大。山陰・四国をはじめとする地域へ営業拠点を広げ、技術者の採用・育成にも力を注ぎました。地域の発展を支える総合建設コンサルタントとして、技術・組織・営業基盤を着実に整えたこの10年間は、その後の成長を支える大きな礎となりました。
アライズの歩み
1965年1月

業務内容の拡充に伴って社名を(株)荒谷建設コンサルタントに変更する。
1965年12月

岡山出張所(現岡山支社)が岡山市浜本町346に開設。(昭和60年撮影)

国道9号線道路改良軟弱地盤調査」建設省鳥取工事で最初に使用。
1968年5月

社員慰安旅行。天草五橋、阿蘇山等を二泊三日の旅程でバスにより見学。
1965年〜1969年

昭和40年代前半の広島市十日市交差点。
1969年

当時の江波社屋。
1970年6月

社報第1号発行。
1971年7月

当時最新鋭機のスイス製光波測距儀ディストマットを購入。(昭和60年撮影)
1972年2月

優良企業表彰を広島市(長)より受ける。
1972年5月

豪華船での伊勢路旅行。当時約160名の社員が在籍し、二班に分かれて旅行した。
1973年

電子計算機 WANG720Cを導入。主として測量業務に使用。
1975-1995
新生
新生アラタニ
受け継ぐために、
変わる決断をした。
会社を未来へつなぐために、
まず必要だったのは、
会社そのものを立て直すことでした。
危機を乗り越えるために、
経営、組織、人づくりを一から見直し、
新たな一歩を踏み出しました。
高度経済成長の終焉とオイルショックにより、当社は大きな経営危機に直面しました。私たちは「新生アラタニ」を掲げ、経営体制や組織を見直し、管理の徹底と社員教育によって会社の再建に取り組みます。その後は、地質調査に加え、測量・設計・環境などへ事業領域を広げ、情報化や技術研究、資格取得の推進にも注力。営業エリアや支社網も拡大し、企業理念や中期ビジョンを整備することで、建設コンサルタントとしての体制を確立していきました。変化に対応しながら積み重ねた改革は、その後の飛躍を支える確かな土台となりました。
アライズの歩み
1975年2月

荒谷壽一帰広。経営危機を前に改革を決意し、新しい組織づくりの旗振り役となった。
1975年6月

小川裕史入社。経営改革の中心人物として組織づくりを支え、会社の新たな礎を築いた。

国鉄より感謝状を授与される。
1977年8月

初の環境アセスメント業務を広島市外大野地区で実施、以降環境調査業務本格化。
1979年8月

初の本格的汎用計算機ACOSⅡ-250を導入。技術計算、事務計算の合理化に貢献。
1979年11月

自動製図機サーベイ1100を導入。丈量測量の自動図化システム確立。
1981年10月

本社社屋新築。
1982年3月

初の我が社TVコマーシャルが番組「ひろしま国際平和マラソン」で流れる。
1984年3月

高速自動図化機ドラステム9000を導入。当時世界最高速を誇っていた。
1986年1月

創業70周年記念式典。(広島全日空ホテルにて)

アルパーク前横断歩道橋設計(広島市)
1988年10月

故荒谷誠一名誉会長社葬・見真講堂にて
1992年10月

第5回中国技術フェアに調査設計部参加
1993年8月

四国支社設計課「肱川多自然護岸」で SKIPグランプリ'93きらめき創造大賞を受賞
1996-2015
技術深化
品質を支える挑戦
技術も、人も、
磨き続けた。
技術を磨くこと。
人を育てること。
組織をより良くすること。
日々の積み重ねを続けることで、
私たちは信頼される
建設コンサルタントへと成長してきました。
公共事業を取り巻く環境は大きく変化し、品質や透明性、技術力がこれまで以上に求められる時代となりました。私たちはISO9001をはじめとする品質管理体制を整備し、情報セキュリティや環境への取り組みも推進。さらに、UAV(ドローン)や3Dレーザースキャナー、MMS(モービルマッピングシステム)など新たな技術を積極的に導入し、変化する社会に対応できる技術力を磨き続けました。一方で、人材育成や働き方の改善、組織改革にも力を注ぎ、10年ビジョンである「NEXT10プロジェクト」や「アライズビジョン2026」の策定を通じて、100周年のその先を見据えた新たな歩みを始めました。
アライズの歩み
1998年10月

府中市こどもの国設計業務 (都市景観大賞景観形成事例部門入選)
1999年5月

MSAよりISO9001:1994の認証を受ける
1999年

災害復旧業務・ポール横断測量作業中
2003年

行動範囲の観測状況。猛禽類の行動範囲を把握し、地域での利用状況を解析する。
2005年5月

創業100周年に向けてのビジョン構築を目的としたNEXT10プロジェクト発足。
2006年4月

荒谷壽一(当時:代表取締役社長)が春の褒章における黄綬褒章を受章
2009年

平成5年の計画立案から平成21年の完成まで当社が携わった矢野駅前広場整備。(広島県)
2010年3月

山口県防府市の土砂災害復旧業務において中国地方整備局より表彰を受ける。
2010年8月

NHK「2010夏休みこども探検隊」で子供が無人島で地図を作成。
2011年

東日本大震災 気仙沼漁港設計支援現地視察。
2012年6月

炭素循環農法を実践するたんじゅんファーム安芸太田を河本組と設立。農業に参入。
2013年3月

下関市より川棚クスの森保護整備事業において感謝状を受ける。
2014年4月

DJI社製のUAV(ドローン)「Spreading Wings S800 EVO」を導入。空撮・測量事業等の技術基盤を強化しました。
2014年5月

2026年に向けた10年ビジョンのプロジェクトチーム発足
2016-2024
次世代
新たなビジョン
次の100年を見据え、
新たな挑戦を始めた。
受け継ぐだけでは、未来はつくれない。
時代の変化を見据え、
私たちは次の挑戦を選び始めました。
2016年に創業100周年を迎えた当社は、次の100年を見据え、新たな挑戦を進めてきました。BIM/CIMやDXの推進を通じて、調査・設計の技術をさらに磨くとともに、社内のアイデアを募る「AX Beam」を開催し、新規事業や業務領域の拡大にも取り組みました。また、ドレスコードフリーやスライド勤務、オフィスのフリーアドレス化など、一人ひとりが力を発揮できる働く環境を整備。社用車へのEV導入など、脱炭素社会に向けた取り組みも進めました。培ってきた技術と信頼を土台に、仕事のあり方そのものを更新しながら、地域の未来を支える次の一歩を踏み出しました。
アライズの歩み
2016年

創業100周年を迎えた節目の年、本社本館の新社屋が竣工
2017年3月

JR可部線全国初の区間復活の開業式典に荒谷悦嗣社長(当時)が出席。当社も周辺を設計
2019年12月

荒谷壽一(当時:代表取締役会長)が令和元年秋の叙勲において旭日双光章を受賞
2020年11月

新規事業創出・業務領域拡大へ「AX Beam」を実施。最終審査で9件のアイデアを発表
2022年7月

山口支社に続く岡山支社のフリーアドレス化。ワークライフハーモニー実現へ全社に展開
2023年8月

社用車にEVを導入。再生可能エネルギー関連業務とともに、脱炭素社会の実現を目指す
2024年1月

中国インフラDX大賞を最多の3業務で受賞。DX推進室を軸にインフラDX・BIM/CIMを推進
3rd Innovation
建設を超え、地域の未来を共につくる。
2025-
共創
110年の先へ
建設コンサルタントから、
地域共創プラットフォームへ。
110年にわたり培ってきた技術と信頼を礎に、
私たちは新たな一歩を踏み出しました。
建設コンサルタントという役割を超え、
企業、行政、教育機関、地域の人々をつなぎ、
このまちに新しい価値を生み出す存在へ。
多様な知恵と力が交わることで、
地域の未来はもっと豊かになる。
私たちは、地域とともに未来を描く
地域共創プラットフォームを目指します。
想いを、仕事へ。
私たちの仕事
アライズの歩みは、
今日の仕事につながっている



